【5章-4】「傷を持ったまま、生きていい」という文化

循環と社会

第5章・第4話

傷を持ったまま、生きていいという文化


深い傷を負ったとき

人はまず
「元に戻らなければ」と
思いがちです。



でも、実は回復とは

傷を消すことでも
なかったことにすることでも
完全に元通りになることでも
ありません。

この話は
傷を抱えたままでも
人は、確かに立ち上がれる

という一つの実例です。



その子が置かれていた状況は

誰が見ても

「PTSDになっていても
 おかしくない」

そう言われるものでした。



陰湿で
長期にわたる、いじめ。

偶然でも
誤解でもない。

巧妙な悪意が
繰り返し向けられていた。



気丈で がんばり屋のA君も
ある日、心が折れてしまった。



学校の先生は言ってくれました。

「いじめた子と、その親にも
 謝りに来させたいです。
 そこまで、させてください。」



スクールカウンセラーの先生も
とても親身になって
関わってくれました。

「相当な心の傷を負っているから
 まず夜眠れるようにしましょう」
 心の病院も受診されませんか」

どれも、善意でした。
どれも、その子を思っての
言葉でした。


ただ、その視点は
共通していました。


——「この子は、可哀想な子だ」

——「早く元に戻してあげなければ」


問題を解決しようとする視点。
傷を“何とかしよう”とする視点です。

そのとき、逆説人生法則を知っていた母親は

こう伝えました。


「お気持ち、本当に
 ありがとうございます。

 ただ、この子のことは…
 私のやり方で対応させてください。

 全ての責任は、私が取ります…」



強がりではありません。



そこにあったのは

静かな…
だけど確固とした覚悟でした。




この母親も、最初から
全く動揺しなかったわけでは
ありません。

いじめた相手に対して
怒りが湧き上がり
収まらない時期もありました。



「どうして、こんなことを・・・」


「許せない」



ただ、やったのは

その感情を・・・
何度も湧いてくるその感情を・・・


否定も
抑え込みもせず


ただ
客観的に見つめ
味わい きった・・・


すると ——


ある瞬間
その恨みから
ストンと抜けることができたのです。

そこからの快進撃でした。

母親がやったことは
とてもシンプル。


何かを変えようとしない。

元気づけようとしない。

立ち直らせようとしない。



ただ、そばにいる。



「そのままでいいよ」
「大丈夫だよ」


そう言葉にならない言葉で
態度で、示しながら…


淡々と
寄り添い続けました。



可哀想な子として扱わない。

壊れた存在として見ない。



傷を負ったままでも
ここにいていい存在として
扱い続けた。


そして、光と闇は
常に一緒に存在しているのだから
 



今回の出来事で

必ず、この子には
深い人間の根っこができている。

それは、これからの宝物になる。
だから大丈夫…
 と


その眼差しで見守り続けた。


最初に起きた変化は、本当に小さなものでした。


昼と夜の区別が
つくようになった。

顔色が少しずつ戻ってきた。

表情が、ほんのわずか動いた。


そして——

二ヶ月後。



その子は
まるで不死鳥のように
立ち上がっていました。


何気ない話題で
ぽつりぽつりと
話せるようになり


ふと笑顔もこぼれるように
なっていたある日



ついに

「こんな高校に行って
こんな大人になりたい」と

未来の話をするようにまで
なっていたのです。


いじめの記憶が消えたわけではありません。

でも、それはもう
その子を縛るものではなかった。


その経験は

「壊された過去」ではなく
「越えてきた物語」へと


姿を変えていたのです。



これは
PTSDではなく
PTSG(心的外傷後ストレス成長)
の記録でした。



この事例が教えてくれるのはとても大切なことです。

人は
傷があるから
回復できないのではありません。


「傷があってはいけない」
「早く治さなければならない」

そう扱われることで
立ち上がれなくなるのです。

傷を持ったままでも、大丈夫…。

問題を解決されなくても

説得されなくても

そのまま存在していい。


そんな関わりの中で
人は、自然に回復していきます。


「傷を持ったまま、生きていい」


これは
個人を救うだけの言葉
ではありません。


この前提が


家庭に広がり

学校に広がり

社会に広がったとき…

私たちは
問題を減らす社会ではなく


回復できる社会
生きることになります。






次回は、この視点が

未来にどんな循環を
生み出していくのかを

静かに見つめていきます。



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▶ この章を続けて読む
【第5章|循環と社会】
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岩永留美|逆説人生法則

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