【第2話】24時間つながるSNSいじめと「どこにも逃げ場がない心」
スマホの画面を見つめながら、心臓の鼓動だけが、やけに大きく響いている——。
ここでは、「悠人くん(仮称)」という中学生の男の子の話を、お伝えしたいと思います。
悠人くんは、クラスの中でも、わりと「ふつう」のポジションにいる子でした。部活にも入っているし、ゲームの話で盛り上がれる友達もいる。休み時間には数人の男子でふざけ合って、放課後はLINEグループで、いつものメンバーとメッセージを送り合う。
大人の目から見れば、「友達もいて、ちゃんと学校にも行っている、何の問題もない子」に映っていたかもしれません。けれど、ある日を境に、悠人くんの「画面の向こうの世界」は、少しずつ、色を変え始めます。
きっかけは、本当にささいなことでした。クラスの男子数人で遊びに行った日の夜。恒例のように、みんなでLINEグループに写真を送り合っていたときです。その中のひとりが、ふざけて、少しだけ変な顔をした悠人くんの写真を投稿しました。
「今日のMVPこれだろ(笑)」
「やばっ」
「ブサイク〜」
最初は、軽いノリのスタンプと一緒に、次々とコメントがついていきます。悠人くんも、場の空気を壊したくなくて、「おい、それ消せよ〜(笑)」と返しました。本当は、胸がチクリと痛んでいたのに。
翌日から、状況は少しずつ変わっていきました。授業中、先生が何か質問したとき。悠人くんが当てられて答えると、後ろの席のほうから、クスクス笑い声が聞こえる。廊下ですれ違うとき、「MVP来た」「写真、第二弾まだ〜?」そんな小さなひと言が、ささやき合われる。
教室の中で、表立った暴力があるわけではありません。誰かがあからさまに怒鳴るわけでもない。でも、スマホの中では、「裏のグループ」ができていました。悠人くんを抜いたメンバーだけが入っているトークルーム。そこには、彼の写真や口癖を真似したメッセージ、ちょっとした動画に、大量のスタンプが並んでいました。
当然、悠人くんは、そのことを知りません。けれど、ある日、同じクラスの別の子たちが、こう話しているのを耳にしたのです。
「昨日の裏グループのやつ、さすがにやりすぎじゃね?」
その瞬間、「自分の知らないところで何かが起きている」ことを悟ります。
——もしかして、俺のこと……?
——何を書かれているんだろう。
——みんなに、笑われているんだろうか……?

そこから先は、スマホの「通知音」ひとつで、心臓が跳ね上がる日々でした。
SNSいじめの苦しさは、「学校が終わっても、どこまでも追いかけてくる」ところにあります。以前なら、教室で嫌なことがあっても、家に帰れば、ひとまず物理的には離れることができました。
ところが今はどうでしょう。部屋に戻っても、お風呂から上がっても、布団に入っても、スマホさえあれば、教室とつながってしまう。
通知をオフにしても、スマホの電源を切ってみても……、今度は「そのあいだに、何か書かれているんじゃないか」「自分の知らないところで、話が進んでいるんじゃないか」という不安が膨らんでいき、結局、スマホに手が伸びてしまう。画面を開いて、グループトークを確認してしまう。
そこに自分の名前がなかったとしても、誰かの投稿に、見知らぬスタンプや微妙なニュアンスの会話が並んでいるだけで、「これは自分のことを言っているのではないか」と感じてしまう——。頭では「考えすぎだ!」と打ち消しながらも、心と身体は、すでに緊張でいっぱいなのです。
親から見れば、スマホを持ったままベッドにいる子どもの姿は、「友達と楽しくやり取りしている」ように見えるかもしれません。でも実際には、その画面の向こうで、孤立が深まっていることも少なくないのです。
夜、なかなか寝つけない。朝、起きられない。
「学校行きたくない」とはっきり言えるわけでもなく、なんとなく体調不良が続く。その背景に、LINEグループでの無視や、裏アカウントでのからかい、既読スルーやスタンプだけの冷たい応答——。そんな「目に見えないいじめ」が潜んでいる場合があります。
大人はつい、いじめを「目で確認できるもの」としてイメージしがちです。机に落書きされる。持ち物を隠される。殴られる、蹴られる——。
けれど、SNSいじめの多くは、“やりとりの温度”で人を傷つけるという形を取ります。はっきりした悪口や暴言がない代わりに、
・グループから外す
・その子への返信だけ、わざと遅らせる
・特定の人にだけスタンプで返す
・タイムラインで「誰とは言わないけど」と匂わせる
こうした行為の「積み重ね」が、じわじわと心を削っていくのです。そして、子どもたち自身も、どこからどこまでが「いじり」で、どこからが「いじめ」なのか、よくわからなくなっています。
「みんなもやってるし」「本気じゃないし」「ノリだから」そんな言葉で、自分の違和感を飲み込んでしまう子もいれば、加害と被害の境界線があいまいなまま、気づいたら「いじめる側」「いじめられる側」両方を経験している子もいます。
親の立場から見ると、SNSいじめは本当にわかりにくい問題です。自分の子どもが、スマホの画面で何を見ているのか、どんなメッセージのやり取りをしているのか。全部をチェックすることは現実的ではありませんし、プライバシーの問題もあります。

だからといって、「スマホなんて取り上げればいい」「SNSをやらせなければいい」と、単純に切り離すのも難しい時代です。
今の子どもたちにとって、オンラインは「余暇」ではなく、友達とのつながりそのものでもあるからです。スマホを取り上げることは、ある意味で「クラスからの退場」を意味することもあるのです。
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この物語もまた
特別な誰かだけに起きている
出来事ではありません。
教室の外にいても、家に帰っても
画面の向こうで続いてしまう関係…。
では、次の記事では
「学校に行けない」という形で現れた
心のサインを
別の物語を通して見ていきます。
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【第0章|公開プロローグ】
https://kokoronokizu.jp/tag/第0章_公開プロローグ/
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岩永留美
心の傷を回復と成長の力に変える|逆説人生法則メソッド開発



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