【5章-1】第5章|循環と社会〜個人の回復が優しい社会へとつながっていく〜

循環と社会

第5章・第1話

回復は、個人だけでは終わらない― ひとりの内側が整うと、何が起き始めるのか ―


世界は、静かな場所から変わっていく

ひとりの回復は
やがて関係性を変え
小さな循環を生み始めます。

この章では
その循環がどのように
社会や未来につながっていくのかを
見ていきます。



夕方のリビング・・・

窓の外では、遠くを走る車の音が
一定のリズムで流れていました。


子どもは
ソファの端に座っています。


スマホも触らず、テレビもつけず
ただ、そこにいる。


少し前までなら——
この光景は、胸を締めつける
ものでした。


「このままで
 大丈夫なんだろうか」


「何か言わなきゃ
 いけない気がする」


「この沈黙は
 よくないサインなんじゃないか」


そんな言葉が
頭の中を行ったり来たり
していたはずです。


でも
今は違いました。



沈黙は、沈黙のまま。

焦りも、結論も
つけなくていい。



ただ

「いまは
 ここにいるだけでいい」


そう感じられる
余白がありました。




世界が変わったわけではありません。


子どもが急に
元気になったわけでも

明るく話し始めたわけでも
ない。



それでも——
何かが、確かに
違っていました。

それは
見ている大人の内側でした。



不安が
消えたわけではない。


心配が
ゼロになったわけでもない。


でも
「なんとかしなきゃ」という
力みが、少し抜けたのです。



——この時間も、悪くない。


——むしろ、今まで
  見落としていた何かがある。



そんな感覚が、胸の奥に
静かに広がっていました。


ここまで読み進めてきたあなたなら
もう、お分かりかもしれませんが

実は、回復が「ドラマチックな変化」として、やってくることは、ほとんどありません。

拍子抜けするほど地味で
気づいたら「前より楽かも」と
すこし思えるくらい。

でも、その静かな変化こそが
いちばん折れにくい回復です。



第1章で見てきたように
心は壊れているのではなく
守ろうとして反応していました。

第2章では
大人の不安が
知らないうちに子どもの緊張を
強めてしまうこと。


第3章では
少し安心が入ると
子どもの内側で何が戻ってくるのか。


第4章では
そのプロセスが
大人自身の人生を
どう解放していくのか。



そして、第5章。

ここからは

その変化が
どこまで広がっていくのか
描いていきます。


社会を変えたい。世界をよくしたい。そう願う人は、とても多いです。


皆さん、一生懸命
何が正しいのか探したり
相手のために自己犠牲したり
とてもがんばっている。

けれど
逆説人生法則の視点では
少し違う角度から
そこにたどり着きます。


世界は
正しさで変わるのでは
ありません。



声を大きくしたからでも
頑張ったからでもない。


誰か、ひとりでも
「もう、自分を責めなくていい」と
本気で感じたとき


その安心は
説明しなくても
周りに伝わっていきます。


子どもは
大人の言葉ではなく
大人の“呼吸の深さ”を
感じ取ります。


だから——
あなたが少し楽になると
あなたの周りの空気も
少し、ゆるむ。

そして、その ゆるみは
また別の誰かへと渡っていく。



この章で描いていくのは理想論ではありません。


完璧な親でも
完成された人でもない。


揺れながら、迷いながら
それでも、前より少し
自由になった人たちの物語です。



回復は
個人だけで終わりません。



それは
静かな波紋のように


人から人へと
広がっていくものだから。




次回は
「変えようとしなかった関わり」が
どんなふうに、周囲の人の表情や
行動を変えていったのか。


とても小さな出来事から始まる
循環の入口を
一緒に見ていきましょう。

———
▶ この章を続けて読む
【第5章|循環と社会】
https://kokoronokizu.jp/tag/第5章_循環と社会



▶ブログ全体の読み方はこちら
https://kokoronokizu.jp/people-with-emotional-wounds/
(↑文末に章ごとの入口があります)

———
岩永留美|逆説人生法則

コメント

タイトルとURLをコピーしました