【4章-2】「ちゃんとした親・先生」をやめても、関係は壊れない

大人の内側の解放

第4章・第2話

「ちゃんとした親・先生」をやめても、関係は壊れない

「ちゃんとしなきゃ」が抜けていくとき

子どもが少し落ち着くと
次に変わり始めるのは
大人自身の内側です。

今回は
無意識に背負っていた
プレッシャーが
緩む瞬間を扱います。




多くの親や先生が
気づかないうちに
ある役割を背負っています。

それは——
「ちゃんとしている大人」
という役割です。


・動揺しない
・感情的にならない
・正しい判断をする
・子どもを導く
・間違えない

そうでなければいけない、と
多くの人が思ってきました。


実際、これまでの社会では
それが「良い大人」の条件でした。


けれど
このブログでご紹介している方法で
少しずつ子どもの回復が始まるとき

多くの大人が
同時に戸惑い始めます。


——あれ?
——わたし、何をすれば
   いいんだろう。


これまで必死に
「正解」を探していた手が
ふと止まるからです。

すると
ふと、次に浮かんでくるのは
こんな不安です。

「ちゃんとしなくていいなら
 手を抜いてしまうんじゃないか」

「頑張らない姿を見せたら
 子どもに悪影響なんじゃないか」


でも、ここで
とても大切な事実があります。


子どもが求めていたのは
完璧な大人ではありません。

「正しい対応」でも
「自分のために思い悩む姿」でも
「ブレない態度」でもない。

ただ
安心してそばにいられる人を
求めていたのです。



第2章でも触れましたが
子どもは
大人の言葉よりも先に

・空気
・緊張
・焦り
・不安

を感じ取ります。

どんなに優しい
言葉をかけても

大人の内側が
「ちゃんとしなきゃ」で
固まっていると

その緊張は
子どもの安全センサーに
そのまま届いてしまいます。


では
「ちゃんとした大人」をやめるとは
どういうことなのでしょうか。

それは
無責任になることでも
放置することでもありません。

自分の人間らしさを、
取り戻すこと
です。


・疲れている自分に気づく
・不安な気持ちを否定しない
・「わからない」と認める
・完璧でいようとしない

こうした変化は

一見すると
子どもを不安にさせそうに
見えます。

でも、実際は逆です。


大人が
自分の感情を隠さなくなったとき

子どもは
「ここは安全だ」と感じます。

なぜなら、そこには
本音が存在しているからです。


無理に強がらない。
無理に導こうとしない。

ただ、同じ人間として
そこにいる。

それは
子どもにとって
とても深い安心になります。


多くの親御さんや先生が
この段階で、こう言います。

「何もしないのが
 こんなに難しいとは思いませんでした」


そうなんです。

「ちゃんとし続ける」よりも
「役割を降りる」ほうが
ずっと勇気がいります。

でも
その勇気があったからこそ
子どもは初めて

・監視されていない
・評価されていない
・正されようとしていない

そんな空気の中で
呼吸ができるようになります。



ここで
とても大切なことを
もう一度はっきり言います。


あなたが力を抜いたら
関係が壊れるのではありません。

むしろ
力を抜いた方が
本当の関係が動き出すのです。



次回は
この「立ち位置の変化」が
現実の中で
どんな形で現れ始めるのか。

劇的ではないけれど
確かに起き始める
小さな変化を扱います。

この章は、あなた自身が
「支える人」から
「生きている人」へ
戻っていく物語でもあります。


続けますね。


———
▶ この章を続けて読む
【 第4章|大人自身の解放】
https://kokoronokizu.jp/tag/第4章_大人自身の解放/

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