第1章・第2話
心は「壊れない」——守るために反応する
「うちの子は(わたしは)
壊れてしまったんじゃないか」
これは
不登校の子を前にした親御さんや
深い生きづらさを抱えた大人たちから
とてもよく聞く言葉です。
・学校に行けなくなった
・急に何も話さなくなった
・感情が乏しくなったように見える
・些細なことでパニックになる
そんな姿を目のあたりにすると
「このまま戻らないのでは」
「取り返しがつかないのでは」
と、不安が膨らむのは無理もありません。
けれど、ここで
とても大切な前提があります。
=============
心は、簡単には壊れません。
=============
むしろ、
「壊れたように見える反応」こそが、
「心が壊れないために働いた結果」
であることが、ほとんどなのです。
たとえば
強いストレスや恐怖にさらされたとき。
心と身体は
その場で最適だと思われる
“守り方”を選びます。
・凍りつく
・距離を取る
・感じないようにする
・過度に周りに合わる

これらは
性格の問題でも
未熟さの表れでもありません。
生き延びるための防衛反応です。
第0章で描いた3つの物語を
思い出してみてください。
・教室でいじめにさらされていた子は
自分の感情を感じないようにすることで
その場に居続けることができました。
・SNSで孤立していた子は
毎日緊張感に包まれながらも
平静を装い
つながりを失わないように
なんとか保つことができました。
・不登校になった子は
これ以上無理を続けたら
本当に壊れてしまう…
その一歩手前で
身体ごとブレーキをかけたのです。
どれも
「間違った反応」ではありません。
そのときの本人にとって
唯一、可能だった守り方でした。
けれど問題は、その反応が
「役目を終えたあとも続いてしまう」
ことにあります。
本来、防衛反応は一時的なものです。
危険が去れば、
自然と解除されるはずでした。
しかし
防衛反応が「常態化」してしまう・・・。
これには、理由があります。
それは、「自分が弱いから」とか
「性格の問題」ではありません。
心の中に
「わたしは、厄介者なんだ」
「人は、いつか攻撃してくる」
「安心できる場所なんて、どこにもない」
そんな無意識の前提が
少しずつ、積み重なっていくからです。
さらに
出来事そのものだけでなく
そのときに感じた
怖さ、恥ずかしさ、孤独感——
いわば
「傷ついた記憶のフィルム」も
心の奥に保存されていきます。
すると、日常の中で起きる
ほんの小さな出来事にも
心が反応するようになります。
・誰かの何気ない一言。
・少し間の空いた返事。
・たまたま視線が合わなかった瞬間。
それらが
「また、攻撃されるかもしれない」
「また、同じことが起きるかもしれない」
という信号として受け取られてしまう。
つまり
日々の生きづらさは
“今、目の前の出来事”に対してではなく
“蓄積された前提や記憶”が反応している
という状態です。
だから
現実には危険がなくても
心と身体が
先に緊張してしまう。
これが、
反応が終わらずに続いてしまう
本当の理由です。
ここで多くの人が
自分を責め始めます。
「もう終わったことなのに」
「気にしすぎだと分かっているのに」
「なぜ、普通にできないのか」
けれど
それは心が弱いからでも
成長していないからでもありません。
心が、まだ“危険だ”と
判断し続けているだけなのです。
だから
無理に前向きになろうとしたり
考え方を変えようとしたりしても
うまくいかないことが多い。
心は
安心していない状態では
どんな正論も受け取れないからです。
ここで大切なのは
反応を消そうとすること
ではありません。
「なぜ、この反応が
必要だったのか」
そこに
初めて理解を向けることです。
反応は
あなたや、あなたの子どもを
苦しめるために生まれた
のではありません。
守るために、生まれました。
だから、悪者にしないで
その反応さえも愛おしく思えたら
その反応は
少しずつ力を緩めていきます。
*
では、次の話では
なぜ同じ苦しさが
何度も繰り返されるのか。
「もう終わったはずなのに
またつらくなる」
その仕組みについて
もう一段深く見ていきます。
———
▶ この章を続けて読む
【 第1章|心の構造 一覧】
https://kokoronokizu.jp/tag/第1章_心の構造/
———
岩永留美
心の傷を回復と成長の力に変える|逆説人生法則メソッド開発



コメント