【5章-3】「問題を減らす社会」から「回復できる社会」へ

循環と社会

第5章・第3話

「問題を減らす社会」から「回復できる社会」へ


私たちは、長いあいだ
「問題を減らすこと」が
正しい社会の姿だと
信じてきました。


不登校をなくす。

トラブルを起こさせない。

迷惑をかけないようにする。

感情を荒立てないようにする。


——それ自体は
決して間違いではありません。



けれど
その前提の奥には
こんな無意識が
潜んでいます。


「問題がある状態は
よくない」

「回復していない今は
不完全だ」



この前提のままでは


人は

“安心して止まる”ことが

できません。


回復が起きる瞬間をよく見ていると・・・

ある共通点があります。

それは——


誰かが

その人を

どうにかしようと
しなくなったとき


だということ。



説得されなくなったとき。

正されなくなったとき。

期待を 手放してもらったとき。




そして代わりに・・・


どんな自分でも

ただ「ここにいていい」

という空気が流れたとき。



その瞬間から

人の内側は
静かに動き始めます。



「早く元に戻らせなければ」

「このままでは大変」

「何とか分からせたい」

そうやって
必死になっていた頃は
何も変わらなかったのに。


もう、説得しない。

もう、導かない。

もう、正解を示さない。

ただ
自分自身が
落ち着いた場所に立ち


相手の回復を
“信じようとすることすら やめた”


すでに
“信じているそのものになった”

そのときに


回復が、始まる。



そういうケースが
とても多いのです。


これは、子どもだけの話ではありません。


親も
先生も
支援する側の大人も


「うまくやろう」と
力を入れすぎた瞬間に

本来あった循環は
止まってしまいます。



逆説ですが

一人の大人が
「もう、力むのはやめよう」と
少し肩の力を抜いたとき


周りの大人が
少し楽になったとき


その場の空気が変わり

関係が変わり

結果として

お互いの行動が 変わっていく。



これが
回復が循環していく構造です。


「問題を減らす社会」では

常に
何かを直そうとします。



「回復できる社会」では
直そうとしません。


代わりに
立ち止まれる余白を残す。

揺れても大丈夫な空気を
保ち続ける。



その余白の中で

人は
自分のタイミングで
動き出します。


それは

管理ではなく
信頼によって
生まれる変化です。





回復は

世界を説得しません。

正しさを主張しません。

理解を求めません。



ただ

一人ひとりの内側で
静かに起こり

気づけば
周りとの関係性を
変えていく。



それが

連鎖し

重なり

広がっていったとき


社会は

「問題を減らす場所」から

「人が何度でも
立ち戻れる場所」
へと

姿を変えていきます。




次回は
この循環が、現実の中で
どのように現れているのか


実際の受講生の変化を通して
「回復できる社会」が
決して理想論ではないことを
見ていきます。


———
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【第5章|循環と社会】
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岩永留美|逆説人生法則

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